米原万里『オリガ・モリソヴナの反語法』読了

1960年代のチェコ、プラハ。
主人公で日本人留学生の小学生・弘世志摩が通うソビエト学校の
舞踊教師オリガ・モリソヴナは、その卓越した舞踊技術だけでなく、
なによりも歯に衣着せない鋭い舌鋒で名物教師として知られていた。
大袈裟に誉めるのは罵倒の裏返しであり、
けなすのは誉め言葉の代わりだった。その「反語法」と呼ばれる
独特の言葉遣いで彼女は学校内で人気者だった。
そんなオリガを志摩はいつも慕っていたが、
やがて彼女の過去には深い謎が秘められているらしいと気づく。
内容(出版社内容紹介より抜粋)

悲しみの衣。

本書は狂気の時代に人生を翻弄された人たちの物語。
スターリンから連邦崩壊までのロシアを舞台としており、
人の業の深さに慄きます。
佳作。

チェコで現地雇用されたソビエト学校の舞踏教師
同じく古風なたたずまいのフランス語教師
そして
スターリン時代になってさらに強行されるソ連型社会主義

本書を政治批判とするのは簡単です。
でも僕は著者があえてフィクションで提示されたであろう理由を鑑み、
前向きなヒューマニズムと受け止めました。
(実際、著者の大宅壮一ノンフィクション賞作品
『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』で当時の様子が詳しいです)

作中のエピソードはどれも重く、苦しく、無慈悲であり、
物語はある意味で色彩に欠いています。
特に謎が解き明かされる終盤は悲痛のモノクロームとなり、
読み進めるのに苦労しました。
ですがシーマチカとカーチャの様に、
僕もオリガの罵倒(の記憶)に後押しされて
彼女の奇天烈な言動に隠されたモノを追うことが出来たんですよね。
結局、オリガの反語法は悲しみを覆う衣だったけれど、
その衣こそが人として崇高なモノであると感じました。
また多くの悲しみの中にあって、ジーナとの再会が救済(の一つ)
となっており、本書に託された人間賛歌みたいなモノを想いました。

最後に。
東がどうとか、西がどうとか。
資本主義がどうとか、社会主義や共産主義がどうとか。
それらを一言では語れないし、
ある意味で非常に個人的な事なのでココでは控えます。
ただ作中、自責の念にかられる志摩に対し

シーマチカ、そんなことないよ。
巨大な悪や力に翻弄されるのもしんどいけれど、
そういう矮小な理不尽に立ち向かったり耐えたりしていくことも、
それに劣らず大変なのかもしれないよ(本文より)

と、カーチャは諭していました。
僕はこれがきっと悲劇の本質であり、
「業」ってヤツなのかもしれないな、と感じたんですよね。
どんな時代でもどんな国でも、老いも若きも、男も女も。
理不尽はつきないし、大小も無く、そいつはいつだってしんどい。
言い換えれば、それは僕だけでなく誰もが等しくしんどいってコト。
それを忘れない様にしなければ。

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